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「光あるうち光の中を歩め」の光とはなんなのか?トルストイの名作

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閑人たちの会話。

キリスト教の事は良くわからないが、トルストイの「光あるうち光の中を歩め」の序章はとても印象的な内容となっている。

とある貴族の館で繰り広げられる会話。
そでは様々な年齢の一族が集まっていました。

ある老人が、人生を振り返り「もっと信仰深い生活をしておくべきだった」と悔いていました。

その話を聞いていた青年が「僕は信仰深い生活をする。」と希望に満ちて語るのだが、父親や年配者から「世の中はそんなに甘くない。」と諭されて今までと何か変えることはなかった。

父親は父親で、守るべき妻や家族があり今の状況を変化させることができなかった。

人生の終盤に自分のやってきたことを悔いている老人も長年の習慣や、人生が短いことから新しい信仰に身を落とすことが出来なかった。

皆、神の御心にかなう暮らしをしなければならないという意見を一致させながら。

幼年においては打撃を与えてはならないとして、
青年においては親の期待に背いてはならないとして、
壮年においては妻子に迷惑をかけられないとして、
老年においては長い習慣があるとか、余命いくばくもないとして、

結局、新しい一歩を踏み出せずに空しい議論のみに終始するのだという一幕。

参照サイト:http://blog.hakoniwa.net/archives/188

人との関わりの中で生きている。

トルストイが書いているように、何かをやろうと思っても必ずその人にはその人の状況に応じて現状を維持するために働く力があります。

それは、その人が一人ではなく人とのかかわりの中で生きている証拠ではないだろうか。

それは悪いことではない。
若輩者が夢見て挑戦するのもよいが、その時に年輩の方の意見に耳を傾けてもいい。
さまざまな方からアドバイスをもらえばいい。

中には馬鹿にしてくる人、生活ができなくなると言ってくる人。
無理だという人、引き留める人。

自分の周りにいる様々な人がさまざまな視点から自分の人生に道を示してくれる。
問題なのは、別に誰の声に耳を傾けてもいいが人のせいにして自分が後悔するくらいなら、少しずつでも行動してみるということではないかと思う。

トルストイの作品から感じた光

たぶんこの書籍で語られている光は、キリスト教への信仰なのだと思う。

気になる方は書籍を読んで見てください。
とても薄い本なのですぐに読めると思います。

僕はキリスト教徒ではないので信仰についてはよくわからなかったのですが、光は信仰以外にも日常生活にあふれているものだと思います。

自分自身で光ある方向へ進む人もいれば、他人の光に魅かれて集まる人もいる。
光とは自分に道を示してくれる。目標となる人や目的。他人からのアドバイスなども場合によっては光になるのかもしれませんね。

僕には光が見えているだろうか?

最後まで読んでくれてありがとうございました。

トルストイの書籍。お勧めです。

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